会長の言葉
本会創立六十周年記念 犀水書簡展を(銀座鳩居堂画廊で)開催して会長 石橋鯉城
今年の夏は格別の猛暑で、2001年の欧州を襲った猛暑を凌ぐ程のものだったようですが、それにも拘わらず、犀水書簡展の為に想い出の書簡をご提供下さいました顧問・法隆寺の高田良信長老、理事・尾上兼英先生を始め、百通を越える同志愛の結晶たる書簡、資料を頂戴いたしました前副会長井上桂園先生のご遺族の皆様のお力添えにより、本会創立60周年記念に相応しい充実した展覧会を催すことができましたこと、衷心より御礼申し上げます。
今回展示の書簡群は、戦後史の而も戦後世相における書道史の重要な資料になるもので、その事実と真実は極めて貴重なものばかりです。とりわけ、今回の展覧会と犀水没後に行われた書簡展の違いは、あの戦後に在って不死鳥の如く立ち上がり、書道を残した人々の日々の苦難の生活と意思を、如実に眼前に展開し得たという点にあろうかと思います。占領下に於いて目まぐるしく変わる世の中の仕組みの中で、書道を愛し、志を貫いて生きる人々の真摯で懸命な姿が見られたということではなかったかと思っております。
たとえば、広島での被爆者の消息が綴られたものには、8月6日の原爆投下の後9月11日付の手紙がありました。これは、あの混乱の中に在っても、“日本郵政機能せり”の典型だと思います。「※豆をいりて闇話」の書簡、進駐軍(米軍)による信書の検閲、歴史始まって以来の屈辱でしたが、この事実を伝える手紙も三通展示することが出来ました。
私個人にとりましても、疎開先の小学校での父の作った習字教科書で学んだことなども思い出されたことでした。
書の伝統という点からは、展覧会の挨拶文にも書かせて頂きましたが、「王羲之―顔真卿―三筆―三蹟―貫名菘翁―日下部鳴鶴―西川萱南・尾上柴舟・田代秋鶴―石橋犀水・井上桂園」の系譜を示す書簡の美の系譜、つまり伝統書法の系譜を再現することが出来たと自負しております。まさに、書簡の書にこそ書道の真髄ここに在りと言って間違いないと信ぜしめる展覧会でありました。
ご支援いただきました皆様のご好意に改めて御礼を申し上げますとともに、ご高覧いただきましたことに心より感謝申し上げます。
※昭和21年2月14日付井上政雄(桂園)様宛書簡。戦後の食料不足による物価沸騰の中、煎った豆を食べながら書道復興のために語り合った様子が綴られている。
『不二誌一般版』平成22年11月号より