公益財団法人日本書道教育学会

本会の創立者

創立者:石橋犀水(1896-1993)

新潟大学書道科教授室での石橋犀水

新潟大学書道科教授室での
石橋犀水

1896年、福岡県に生まれる。書家。広島文理科大学にて文学博士号取得。日下部鳴鶴、西川萱南、比田井天来に師事。

日本書道教育学会の創設者であり、前会長。

日本における戦後書道教育の第一人者。文部省検定試験委員(習字科)、高等学校指導要領委員として教科書の執筆を手がける。東京美術学校(現在の東京芸術大学)、陸軍幼年学校、学習院で講師を勤めるほか、新潟大学教授、二松学舎大学名誉教授、日本書道芸術専門学校創立、校長を歴任し、小学校から大学まで含む学校教育における書道過程の確立に専念。

1950年、尾上柴舟を迎えて日本書道教育学会を設立。書道の普及と流派を超えた書道教育を主張。また、書道教育学会審査委員長の他、日展審査員、毎日書道展、読売展において審査員として活躍。その生涯を書美の追求、創作、書道教育の振興に従事。

書家としての石橋犀水

石橋犀水の書

石橋犀水の書

楊守敬によって日本に伝えられ、日下部鳴鶴が伝達した「廻腕法」の後継者。

親指を手前にし、他の四指をすべて裏側に廻すことによって指先の動きを封じ、ひじを水平に保つ「廻腕法」では、筆の垂直が保たれ、堂々とした力強い線を出すことが可能である。そしてそれは石橋犀水のおおらかな筆の運びにも現れている。

犀水の書は長年に渡る古典の確かな研究に裏付けられながらも、ほかには無い日本的な趣を持っていた。日下部鳴鶴や貫名菘翁といった偉大な書家への傾倒、そして数々の古典作品への敬意が犀水の書をより深いものへと導いていったと言えよう。

犀水は書簡のような日常とともにある書こそ重要であると考え、その考え方はやがて「新和様」という新しい形の漢字かな交じり文の提唱に繋がっていった。漢字と仮名とを美しく調和させた新和様は、今日では新しい造形芸術として実り、多くの書道家が「新和様」での作品づくりを行っている。